talaesに書いているお話ですが、「第7話 撫子先輩の進路相談室」も投稿しました
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あと一話ぐらいで、完結にできるかな・・・。
撫子先輩は、俺の進路希望調査票へ視線を落とした。
「簿記は、将来を一つに決めるための勉強ではありません。選べる道を増やすための勉強です」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが静かにほどけた気がした。
将来を一つに決める。
そう考えるから、進路希望調査票が怖かったのだと思う。
一度書いたら、それが自分の未来を決めてしまうような気がしていた。
でも、撫子先輩の言葉は違った。
決めるためではなく、選べる道を増やすため。
それなら、今の未定にも意味があるのかもしれない。
「芸は身を助く」ということわざがありますが、「簿記会計の知識」と「英語の知識」、「プログラミングの知識」の3つは、社会人になってから本当にいろんな場面で役に立ったような気がします。

就職するまで「普通自動車免許」と「教員免許」、「4級アマチュア無線技士😅」の3つぐらいしか資格を持っていなかった私ですが、最初に就職した会社で報奨金につられて「日商簿記二級」、「日商簿記一級」、「英検準一級」をとらせてもらったこと。
やっぱり最初の会社で、マクロを組んでエクセルの作業を自動化している先輩を見て、「自分もあれやりたい」と見よう見まねで勉強してなんとなくコードが書けるようになったこと。
この3つを勉強していたおかげで、そのあといくつか職場を転々とするときにも、就職氷河期だったはずなのに特に困った記憶がないですし、「こんなルーチン作業、マクロにやらせれば一瞬で終わるやん」みたいな、常に楽することばかりを考えるような思考ができるようになった気がします(^^;。
少し前の日記に福沢諭吉の「学問ノススメ」の話を書きましたが、
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昔から、漢学者の中に家計を上手に切り盛りできる人は少なく、和歌が上手で商売にも巧みな商人もまれである。そのため、考えのある商人や農民の中には、自分の子どもが学問に熱心になるのを見て、「いずれ家の財産を失ってしまうのではないか」と親心から心配する者もいる。それも無理のないことである。結局、それはその学問が実生活から遠く、日常の役に立たない証拠なのである。
だから今は、そのような実用性のない学問はいったん後回しにし、まず専念すべきなのは、人間が日常生活で普通に必要とする実用的な学問である。
たとえば、いろは四十七文字を習うこと、手紙の書き方、帳簿のつけ方、そろばんの練習、天秤の扱い方などを身につけることが大切である。さらに進んで学ぶべきことも非常に多い。
やっぱり社会人になってからは、「人間が日常生活で普通に必要とする実用的な学問」を勉強していてよかったなあと思う場面が本当に多かったと思います。
子供のころにそんなことを言われたことは全然なかったのですが、自分の子供には早めにそういうことを言ってもいいのかなあ・・・。好きなことを勉強してほしいし、ちょっと悩ましい(^^;。